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幕末志士日記

神社仏閣巡り・新選組・御朱印・その他日常

【滋賀】比叡山延暦寺【御朱印2種】

滋賀県 神社仏閣巡り 御朱印

先週、人生初の山登りをしてきました。

今回の写真はすべて携帯写真です~。

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京都の修学院から登り始めて2時間半?くらいで比叡山延暦寺
めちゃくちゃ私は辛かったんですけどみんなスラスラ登っていてすごいなぁって思いました。汗の量がはんぱなかったです。。。
もちろん登っている状態で写真なんか撮れるわけなく私の頑張りをお伝えできず申し訳ないですっ…!本当に上ったんですよ…!!

 

下山は坂本ケーブルですいすいおりました!
降りるまで体力がなかった…!

比叡山延暦寺

www.hieizan.or.jp

比叡山は古代より「大山咋神(おおやまくいのかみ)」が鎮座する神山として崇められていましたが、この山を本格的に開いたのは、伝教大師最澄(でんぎょうだいしさいちょう)上人(766~822)でありました。最澄延暦7年(788年)、薬師如来を本尊とする一乗止観院(いちじょうしかんいん)(現在の総本堂・根本中堂)を創建して比叡山を開きました。
最澄が開創した比叡山は、日本の国を鎮め護る寺として朝廷から大きな期待をされ、桓武天皇時代の年号「延暦」を寺号に賜りました。
最澄は鎮護国家の為には、真の指導者である「菩薩僧(ぼさつそう)」を育成しなければならないとして、比叡山に篭もって修学修行に専念する12年間の教育制度を確立し、延暦寺から多くの高僧碩徳を輩出することになりました。
特に鎌倉時代以降には、浄土念仏の法然上人、親鸞聖人、良忍上人、一遍上人、真盛上人、禅では臨済宗栄西禅師、曹洞宗道元禅師、法華経信仰の日蓮聖人など日本仏教各宗各派の祖師方を育みましたので、比叡山は日本仏教の母山と仰がれています。
比叡山延暦寺の最盛期には三千にも及ぶ寺院が甍を並べていたと伝えていますが、延暦寺が浅井・朝倉両軍をかくまったこと等が発端となり、元亀2年(1571)織田信長によって比叡山は全山焼き討ちされ、堂塔伽藍はことごとく灰燼に帰しました。
その後、豊臣秀吉や徳川家の外護や慈眼(じげん)大師天海大僧正(1536~1643)の尽力により、比叡山は再興されました。

 

*HPより引用*

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阿弥陀堂

中には阿弥陀如来像が安置されています。

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*法華総持院東塔

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*大講堂

 

今回、すべては回らずちょっとずつ見て帰ってきました。
比叡山延暦寺は家からそんなに遠くないので何回も来れると思いました。
(死ぬほど疲れていたというのもありますけど…)

さすが天下の延暦寺(?)めちゃくちゃ混んでました!
団体客の人も多かった気がします。

 

<御朱印>

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阿弥陀堂

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*大講堂

御朱印はそれぞれの箇所にあるのでかなりの数!
今回は拝観した上記二か所のみ頂いてきました◎◎

 

<景色>

良い景色見たんですけど写真撮り忘れ…

ケーブルカー乗る前に一枚だけ取りました!

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琵琶湖側です。

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楽しかった坂本ケーブル!!

 

もう少し体力つけて下山まで成し遂げてみたいですね!
次の日から3日間筋肉痛が続きたのでアラサー辛いです。

 

ここまで読んでいただきありがとうございました!

次回からの記事は奈良のロータスロードの記事です!!